『見えない規範』を打ち砕く①

 人間は程度の差はあっても『こういうことをしてはいけない』『こうしなければならない』という見えない規範を勝手に作り出しています。これに加担しているのが宗教上の教義ですね。多くの宗教が、『こうしなさい』ではなく『こうしてはいけない』という禁止の側面を前面に出しています。これは、おそらく『モーセの十戒』の影響です。『十戒』の中には『姦淫(不倫、婚外性交渉)してはならない』という戒律がありますが、これは当たり前ですね。しかし、それを超えて『心の中での姦淫までいけない』ということはどうなんでしょうか(守れていますか?)。

聖書で語られている教えには当時の社会状況を勘案しているものが多いように思います(法律も未整備で道徳的に規制を強める必要があったわけです)。なにも、私は『自由に妄想したほうが良い』と妄想を推奨しているわけではありません。しかし、『妄想しようがしなかろうが、それは本人の自由です』。この点は明確にすべきですね。『妄想しても絶対に地獄には落ちません』。もし落ちるとしたらほとんどの人が地獄行ですね…。『神』がいるとして、そのような事態を容認しているんでしょうか?『あいつも地獄行だな』と…

なぜ、こんなことを言うのかというと、このよう教え(思想)をカルト的な宗教団体が悪用しているからです。宗教の役割は『その人の魂(心)を自由にする』ことです。がんじがらめに縛り付けられてどうでしょうか?幸せですか?

もし、仮に、今、救世主と名乗る人物が『インターネットを使ってはいけない』と言ったら皆さんどうしますか。『はい、わかりました』となりますか?

自分で常識的に判断してOKなものは、『法律に違反しない限りそして相手を傷つけない限り自由』です。このようなことは『神』以前の事であり、当たり前ですね。