『祈り』は精神的な『人柱(ひとばしら)』?②

 前回、『祈り』に対して私の実体験に基づく見解を述べましたが、私は、なにも『自分だけが幸せになりさえすれば良い』と言っているのではありません。とりわけ『祈らなくても他者に対して思いやりの心を持ちさえすれば良い』と考えています。『他者』に対する思いやりの心に宗教的な祈りを介在させる必要はないのです。人間は誰しも尊い存在であり、そんなことは当たり前であって『神や仏』を持ち出す必要はありません。宗教を介在させ、効果も怪しい『祈り』が登場することにより新たな犠牲者が生まれることが問題なのです。

前にも言いましたが『人生最大のミッションは自分自身が幸福になることです』。人は他人のために生きているのではありません。これは『利己主義』とは異なる極めて当たり前な考え方ですね。