悟ったとしても、あまり意味はない?

以前、『〈悟り〉、とか〈空の境地〉というものは目指すものではなく、ある限定された特別な人に起こる現象』だと述べましたが、運よく?悟れたとして、果たしてどんな意味があるんでしょうか?

当たり前のことですが、たとえ悟ったとしても、勉強をしなければ試験には合格しませんし、スピリチュアル関係の仕事をして、信者的な人々から資金提供してもらわなければ、生活もままなりません。つまり、『悟る』ということと、現実生活の中での『安定、幸せ』とは直接結び付きません。たとえ悟ったとしても他の人と同様『客観的な苦労』はするわけです。ということは、『悟る』ということは、(他人に影響を与えても)自分の幸せにとっては、ほとんど意味がないのではないかと考えます(実際、仏陀が悟った後、生存し続けたのは『他者に対する慈悲心から』だと言われています)。

一般人である私たちは『悟る』ことを目指す必要は全くなく、幸せになりさえすればいいんです。それで、『MISSION COMPLETE』ですね。