『他力』は危険?

 『他力』とは、仏教的には『仏・菩薩の加護の力』をいい、『それを拠り所に生活する』というのが『他力』の基本的な生き方です。このことだけを聞くと、非常に耳障りの良い素晴らしい生き方のような気がしますね。しかし、実際は違います。『仏・菩薩の加護の力に依存するあまり、自分の直観(インスピレーション)が働かなくなる』という重大な欠陥が『他力』の生き方には潜んでいます。実は私も34年以上にわたって、他力的な祈りの下に生活してまいりました。その時はあまり感じなかったのですが、今思うと、『自分の直感をないがしろにしていた』と感じます。自分の直感をないがしろにすると、物事が順調に進まなくなります(というか立ちいかなくなります)。これは非常に怖いことだと思います。一部の宗教者、宗教評論家、作家等が『他力』的な生き方を推奨していますが、『他力』が有効に作用するのは『死ぬ1分前』です。それまでは、『自分の直観』を信じて突き進まなければ絶対に幸せになることはできません。このことは私の体験から100%言い切ることができます。『延命十区観音経』の読経も、あくまで『自分の直観』を補完する意味で行うべきだと思います。『延命十区観音経』から何か特別なインスピレーションを得ようと考えないでください。朝晩の読経も、『顔を洗う』『歯磨きをする』行為同様の日常的な行為と捉え実践すると良いと思います。